管理者の呟き 5

この世の事象には必ず結果がある。例えばスポーツの世界では勝者と敗者に別れ、勝者は喜び敗者は悔しく悲しい思いをする。取り巻くファン達は複雑な感情に覆われるが平和的であり、どこかほのぼのとする。

しかし、勝者と敗者で一番残酷なのは戦争ではないだろうか。

どんなに正義を振りかざそうと負けたら賊軍、敗者は悪となり、勝てば官軍、勝者は正義となる。そして勝者の都合の良いように歴史は書き換えられる。世の中は不条理なことだらけだ。

勝たなくても良いが、絶対に負けてはならない。

もし仮に人権を軽んじる国に負けると即刻奴隷、現実はリアルである。

靖国参拝後に考えることが幾つかあった。

先の大戦で敗戦国になった立場からどうすれば戦争に負けなかったのか?その視点で考える必要もあるのではないかと思い、調べていると興味深い人物にいきついた。「石原莞爾」である。

遅くなってしまったが今回は石原莞爾と東京裁判でのやり取りについて紹介したい。

石原莞爾は満州事変を画策した人物であり、当時日本軍約一万、張学良の率いる中国国民党軍約20万を破り一気に満州全土を制圧した戦争の天才である。

人間関係では内閣総理大臣であった東條英機は後輩にあたり、むちゃくちゃ仲が悪く権力闘争に負けて左遷させられてしまう。もしここで石原莞爾がトップになっていれば戦争にはなっていなかっただろうし、負けなかったと思う。東條は最後は立派であったが辛口に評価すると軍人としては無能である。適材適所、人事は大切だ。

現政権の高市内閣はある程度評価しているが、人事はどうだろうか?

見ものであり、今後の国の舵取りに期待しているところである。

さて石原莞爾であるが戦後自分が戦犯に指定されなかったことに大きな怒りを抱いていた。

およそ公平性のない東京裁判に呼ばれ、この裁判を根こそぎ吹っ飛ばす気持ちがあったのにも関わらず、戦犯に指定されなかったのが悔しくてたまらなかったようである。彼はこの戦争の第一級戦犯人はトルーマン(アメリカ大統領)であると言いたくて戦犯に指定されたかったが願いが叶わず怒っていた。

このような人物であるため満州事変を引き起こした張本人であるにも関わらず、戦勝国側は東京裁判に出廷させると面倒臭いから戦犯に指定しなかったようである。

戦犯には指定されなかったが戦勝国としては東條英機をA級戦犯に指定するために仲の悪かった石原莞爾なら東條英機に不利な証言をするだろうと思い、証人として東京裁判に出廷する機会が与えられた。

当時彼は膀胱側を患っており東京の病院で療養中であった。裁判官からこの戦争における一番の犯罪者は誰と思うか?との質問にニヤリと笑い「」それはトルーマン大統領である。国際法には非武装の民間人に危害を加えてはならないとしているが、何も罪ない民間人を何十万人も原爆投下や爆弾で殺戮した。」と答えている。判事は面食らった。東條英機をA級戦犯にするつもりの裁判が全く意図しない方向に向かってしまった。その後故郷の山形県で療養していたが、もう一度出廷するように命じられた。石原莞爾は療養中のものを呼び出す事は何事か!と怒り、判事達を山形県に呼び寄せている。そこでも石原劇場となった。あらゆる質問に忖度なく答え、時に2時間ほど雄弁に語り、どうすれば戦争に負けなかったのか戦略まで話しており判事や記者達も惚れ惚れしたという。

他に幾つも面白い逸話が記録としてしっかり残されているので、興味のある方は一読して欲しい。

多くの戦犯人が罪を軽くしてもらうように、自分を守る証言をしていたが、彼だけは違っていたようである。

立場が違えど何が正義であり、真理であるか真っ直ぐにみており、相手が誰であろうと忖度しない姿勢は見事である。

石原莞爾、かっこ良すぎる!

尊敬する人物リストに付け加えた。

本日も平和を祈りつつ頑張ろうと思う。

 

池田耕治

2025年11月20日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : atlas