管理者の呟き 9

ついこの前に年が明けたと思ったら、気が付けばもう3月になっている。

一月は去る、二月は逃げる、3月は去るとはよく言ったものだ。

それにしても人間の感覚は曖昧である。

年を重ねると感覚は更に曖昧になり時間が早く過ぎていく。

しかし自然界はとても正直である。

特に植物をみると良くわかる。些細な温度、風や湿度の変化を感じ取り、その時々に応じて見事な花を咲かせる。1月は梅、2月は水仙、3月は桃の花が象徴的である。さて、そろそろ桜の季節になろうとしている。

3月〜4月にかけては変化が多い。

別れや出会い、哀しみや喜び、感情が大きく揺れ動く季節である。

毎年この季節になると学生の頃の思い出が蘇る。

今となっては新鮮だ。

あの頃のような煌めく感覚はもう無くなったのが少し寂しく思う。

煌めく感覚を持てるのは若さの特権だろう。

齢を重ねてきたからにはせめて一月毎に風情を感じながら感謝して過ごしていきたい。

いつになっても心の潤いだけは保っていたいと思う。

毎日の平和に感謝する。

 

訪問看護ステーション アトラス福岡

管理者 池田耕治

2026年3月9日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : atlas

管理者の呟き 8

新年あけましておめでとうございます。

気が付けば既に2月になろうとしています。

太陽暦においては大変遅いご挨拶になってしまいました。

ごめんなさい🙇

皆様にとって今年が良いお年となりますようにお祈り申し上げます。

 

さて2026年は「丙午」です。

物事が一気に動き出し、新しい流れが生まれやすい転換の年といわれています。

国際社会、政治においても既に大きな変化が表れており、まさに「丙午」らしい年の幕開けとなりました。

個人レベルで考えると、私たちが今まで忙しい日々のなかで培ってきた経験や判断力は、すでに大きな強みです。

心身をベストな状態に整え、余分なものを手放すことで、次に進むためのエネルギーは自然と満ちていくと考えています。

変化を恐れるのではなく、自分の意思で舵を取る――そんな姿勢が、丙午の年の流れを味方につけてくれるはずです。

皆様が自分らしい挑戦と確かな前進に満ちた一年となりますように応援しております。

今年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

 

訪問看護ステーション アトラス福岡

管理者 池田耕治

2026年2月2日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : atlas

管理者の呟き 7

新年を迎える前の振り返りと願い、忘れてならないもの

 

今年は訪問看護ステーションを設立してから丁度10年目の節目の年であった。

振り返るとスタート時は利用者さんが12名、スタッフは数名であった。事務所も一部屋であり専属の事務スタッフもいなかったため印刷等は自宅、各連携機関への書類は手渡し、空いた時間に複数の地域の福祉施設でSSTやボランティア活動をし、会社の信頼を得るために当時所属していた複数の学会で発表、土日も休みなく働いていた。我ながら結構頑張っていたようである。ありがたいことに次第に各福祉施設や医療機関、計画相談員さん達からのご紹介があり、利用者さんが増えていき、心強い仲間が集まってくださり、今では随分と楽をさせてもらっている。

一言で表すと「感謝」の10年間であった。

来年もこれからも利用者さん、仲間、周囲の方々が健康で幸せな生活が送れるように切に願う。

わたし個人としては「責任」「信頼」「協働」「感謝」「傾聴」を大切にしているつもりだ。

このマイ五箇条を忘れないように日々精進していきたい。

 

皆さま

今年もありがとうございました。

もう暫くお付き合いくださいませ。

2025年12月22日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : atlas

管理者の呟き 6

今年(2025年)の締め括り

 

早いものでもう今年も後僅かとなった。

子どもの頃はお正月が待ち遠しく、時間がゆっくり流れていた気がする。

大人になってみると時間が過ぎるのはあっと言う間だ。歳をとれば尚更早く感じる。自分の活動できる時間を考えると何だか切なくなる。

人生は一瞬だ。今を大切に、悔いを残すことのないように生きたいものである。

さて、この時期は決まって今年を総括するのが習慣となっている。少し今年を振り返ってみたい。

たかが一年ではあるが今年は激しい年であったように思える。

政治では内閣が変わりリベラル思想から保守思想に転換、驚くのは若い年代からの支持が高いことである。

何故か?

若い人達の多くはオールドメディアといわれるTV、新聞を殆ど見ないし読まない。情報は殆どネットで取っているため、偏向報道に左右されることが少ないのであろう。

ネットは情報量が多く多様な意見がありスピードも早い。オールドメディアVSネットの戦いの結果が表れているようだ。ネットの普及により政治が身近になった。未来は若者が作っていくものだ。世界に誇れる国を作ってもらいたい。

経済では株価の高騰、物価高である。今年の世相を表す漢字一文字は「高」になるかと思いきや「熊」になった。確かに特に東北の熊被害は大変だ。なかには命を落とす人もいる。自然界でも何か変化がおきているのだろう。政府は積極的に被害の多い自治体を支援して頂きたい。早く解決することを願うばかりである。

世の中全体をみると価値観を含んだフェーズが変わりつつあるようにみえる。

来年は更に変化に富んだ年になる予感がある。

どうぞ良い年になりますように。

2025年12月21日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : atlas

管理者の呟き 5

この世の事象には必ず結果がある。例えばスポーツの世界では勝者と敗者に別れ、勝者は喜び敗者は悔しく悲しい思いをする。取り巻くファン達は複雑な感情に覆われるが平和的であり、どこかほのぼのとする。

しかし、勝者と敗者で一番残酷なのは戦争ではないだろうか。

どんなに正義を振りかざそうと負けたら賊軍、敗者は悪となり、勝てば官軍、勝者は正義となる。そして勝者の都合の良いように歴史は書き換えられる。世の中は不条理なことだらけだ。

勝たなくても良いが、絶対に負けてはならない。

もし仮に人権を軽んじる国に負けると即刻奴隷、現実はリアルである。

靖国参拝後に考えることが幾つかあった。

先の大戦で敗戦国になった立場からどうすれば戦争に負けなかったのか?その視点で考える必要もあるのではないかと思い、調べていると興味深い人物にいきついた。「石原莞爾」である。

遅くなってしまったが今回は石原莞爾と東京裁判でのやり取りについて紹介したい。

石原莞爾は満州事変を画策した人物であり、当時日本軍約一万、張学良の率いる中国国民党軍約20万を破り一気に満州全土を制圧した戦争の天才である。

人間関係では内閣総理大臣であった東條英機は後輩にあたり、むちゃくちゃ仲が悪く権力闘争に負けて左遷させられてしまう。もしここで石原莞爾がトップになっていれば戦争にはなっていなかっただろうし、負けなかったと思う。東條は最後は立派であったが辛口に評価すると軍人としては無能である。適材適所、人事は大切だ。

現政権の高市内閣はある程度評価しているが、人事はどうだろうか?

見ものであり、今後の国の舵取りに期待しているところである。

さて石原莞爾であるが戦後自分が戦犯に指定されなかったことに大きな怒りを抱いていた。

およそ公平性のない東京裁判に呼ばれ、この裁判を根こそぎ吹っ飛ばす気持ちがあったのにも関わらず、戦犯に指定されなかったのが悔しくてたまらなかったようである。彼はこの戦争の第一級戦犯人はトルーマン(アメリカ大統領)であると言いたくて戦犯に指定されたかったが願いが叶わず怒っていた。

このような人物であるため満州事変を引き起こした張本人であるにも関わらず、戦勝国側は東京裁判に出廷させると面倒臭いから戦犯に指定しなかったようである。

戦犯には指定されなかったが戦勝国としては東條英機をA級戦犯に指定するために仲の悪かった石原莞爾なら東條英機に不利な証言をするだろうと思い、証人として東京裁判に出廷する機会が与えられた。

当時彼は膀胱側を患っており東京の病院で療養中であった。裁判官からこの戦争における一番の犯罪者は誰と思うか?との質問にニヤリと笑い「」それはトルーマン大統領である。国際法には非武装の民間人に危害を加えてはならないとしているが、何も罪ない民間人を何十万人も原爆投下や爆弾で殺戮した。」と答えている。判事は面食らった。東條英機をA級戦犯にするつもりの裁判が全く意図しない方向に向かってしまった。その後故郷の山形県で療養していたが、もう一度出廷するように命じられた。石原莞爾は療養中のものを呼び出す事は何事か!と怒り、判事達を山形県に呼び寄せている。そこでも石原劇場となった。あらゆる質問に忖度なく答え、時に2時間ほど雄弁に語り、どうすれば戦争に負けなかったのか戦略まで話しており判事や記者達も惚れ惚れしたという。

他に幾つも面白い逸話が記録としてしっかり残されているので、興味のある方は一読して欲しい。

多くの戦犯人が罪を軽くしてもらうように、自分を守る証言をしていたが、彼だけは違っていたようである。

立場が違えど何が正義であり、真理であるか真っ直ぐにみており、相手が誰であろうと忖度しない姿勢は見事である。

石原莞爾、かっこ良すぎる!

尊敬する人物リストに付け加えた。

本日も平和を祈りつつ頑張ろうと思う。

 

池田耕治

2025年11月20日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : atlas

管理者の呟き 4

先日から急に寒くなった。気付けばもう11月の終わりである。秋が短くなったというが、それでも今年は何となく秋があったように思える。

来年はどうなるか?既に来年のことを考える月になった。今年も終わりを迎えようとしている。

ついこの前までメジャーリーグのワールドシリーズを観て盛り上がっていたのに祭りが終わると寂しいものである。それにしても今年のワールドシリーズ、ドジャースVSブルージェイズは見応えがあった。

記憶しているなかでは過去一のシリーズだったと感じている。しかしあのメジャーリーグの大舞台で同じ日本人が3人も活躍したのである。山本由伸に至っては松井秀喜以来の日本人MVPである。凄いことだ。

大谷翔平は今やメジャーリーグのスーパースターであり、ドジャース移籍後2連覇である。

これから佐々木朗希もしっかり結果を残してくれるだろう。

来年の楽しみができた。

一昔前なら日本人選手がメジャーの舞台でこのような活躍をするとは誰も思わなかっただろう。

同じ日本人として誇りに思う。

さて今年は戦後80年であり、節目の年である。

学会に参加するがてら靖国神社を参拝した。

初めての参拝である。いつかは参拝しようと思っていたので特別な気持ちでの参拝となった。

初の靖国神社は想像していたものとは全く違っていた。九段下駅を降りて暫く歩くと靖国神社である。

近くには日本武道館もある。伝統的な日本文化を漂わせる空気感がある。

参拝前までは少し重たいイメージを持っていたが、良い意味で裏切られた。

先ずその景観であるが、参道や境内の広さ、立派な鳥居が見事であり、陽がよく当たり黄色く色付いた銀杏がキラキラ光り、陰と陽で表すと陽の雰囲気が漂っていた。参拝者で賑わっていたのも関係すると思うが以外であった。また参拝者に若い人が多かったのも驚いた。鳥居を潜る前に一礼されている方も多く礼節を重んじる日本文化を感じた。

本殿前に到着すると背筋がビシッと伸び、気持ちも引き締まる。

「貴方がたのお陰で今を生きています。ありがとうございます。恥じない生き方をしようと思います。」と感謝をお伝えし参拝を終えた。

国内や海外で活躍する日本人の皆さま、この人達の犠牲の上で今が成り立っています。決して忘れないように。

戦後80年、漸く念願の靖国参拝ができ少し心がすっきりしたが、改めて戦争の残酷さ、悲しさも感じた。

いつまでも平和でありますように。

 

池田耕治

2025年11月20日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : atlas

管理者の呟き 3

日中こそ未だ日差しの強い日があるが朝夕は涼しくなった。何だか季節の変化が早く原稿を書いている間にいつの間にか秋になってしまった。

夜は虫の音が聞こえる。先日久し振りに天を仰ぐと綺麗な満月がポッカリと浮かんでおり、秋という季節を実感した。中秋の名月だ。風情がある。

さて前回料亭の主人と吉田松陰先生についてのやり取りをご紹介させて頂いたが、一つ大切なことを書くを忘れていた。本題に入る前に少しご紹介したい。

「もし松陰先生が今生きていたらどう思うか?」

店主に聞きてみた。

店主は「そうですね~。取りあえず怒るでしょうね」

「でも先生は教育者ですから皆を集めてディスカッションするでしょうね」と笑いながら答えてくださった。

流石である。時代、職を問わず一流は一流を知ることができるのだろう。素晴らしい。何事も頑張って極めると違った世界が見えるのかもしれない。

時間は前にしか進まない。今日より明日。過去に囚われず今を一生懸命に生き、理想とする未来を作り上げたいものだ。

さて今年(2025年)は戦後80年、節目の年である。

多くのメディアは主に「どうすれば戦争がおきなかったのか?」といった戦争の反省ばかりを報道する。

しかし、なぜ違った角度からみて評価しないのだろうか?どうも違和感がある。

勿論反省はとても大切だが同時に「どうすれば戦争に負けなかったのか?」も考える必要があるのではないかと思っている。一定の方向ばかりでものを見るのは危険だ。違った角度からみると三角と思っていたものが四角に見える場合もある。物事は多角的にみることが必要だ。人も同じである。立場や関係性が違うと対象となる人は全く別人となる。臨床でもそうだ。

関係性によって違ってくる。素の姿でお付き合いしてもらえるには関係性次第だ。その後に職業専門性がついてくると思っている。

時代の変化は目まぐるしい。この原稿を書いているうちに高市内閣が誕生した。ここ数年政治が左に大きく旋回していたが今度は右旋回である。普通に考えると真っ直ぐになる筈である。さて世相や社会の雰囲気がどのように変わるのか見ものである。

トランプのように「常識を取り戻す」といったイデオロギー改革の雰囲気を感じる。

多様性も見直すのか?

自然界の多様性は美しいが人間界の多様性は醜悪に映るのは気のせいだろうか?

何でもバランスが大切であると考えている。

バランスを欠くと衰退し何れ滅んでいくだろう。

調和のとれた美しい世界であって欲しい。

政治的には「左に改革をすることを改革する」ことが含まれているように思う。

全員が100%良しにはならない。それは世の常、不可能である。協力し調和する努力、姿勢が最も大切だろうと思っている。

米国のように左寄りの思想、右寄りの思想がはっきりと別れ国が分断されないことを願う。

前文が長くなり話しが逸れてしまった。

今年は戦後80年。しかし未だ戦後レジームから脱却されていないように思う。次回は「石原莞爾」を紹介し、違った角度から第二次世界大戦を考えてみたい。

2025年10月25日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : atlas

管理者の呟き 2

9月も下旬となり日中こそ未だ暑い日もあるが、漸く日差しも和らいできた。暑さ寒さも彼岸までとはよくいったものだ。

季節が移り変わり秋が来る。季節の変わり目だ。

メディアでは連日のように自民党の前倒し総裁選を報道している。政治の世界も変わり目に来ているようだ。

そんななか縁があって以前お会いした方から有名な料亭に招待された。つくづく縁とは不思議なものである。

出会いは大切にしたい。

さて料亭ではいつも少数だとカウンター席をご用意して頂いている。カウンター席で店主と話しながら食事するのが好きだからである。

話しの内容はその時々で違うが、決まって質問することが幾つかある。出身地である。わたしが愛媛県の出身であり県外の人間だからであろう。住み慣れた故郷を後にして違った土地で生きていくのはそれなりの覚悟と思いがあるはずだ。なぜ福岡に来たのか聞いてみる。

店主は山口県萩市の出身だという。山口県萩市をいえば、かの有名な尊敬する人物、幕末の偉人である吉田松陰先生の出身地である。

嬉しくなり「吉田松陰先生の出身地ですね」と気軽に言った。すると驚いたような表情で「多くの人は吉田松陰と名前だけで呼ばれる。先生とつけて呼ばれるのは初めてです」と笑顔でお話してくれた(萩市の多くの方々は吉田松陰先生と先生をつけて呼ばれるらしい)

そこから話が盛り上がり同じカウンター席にいらっしゃた数人も吉田松陰先生について話されていた。今でも功績を語られるとはなんて偉大な人物だろうか!余談であるが数を数える単位として、その生き物の象徴的な部分が使用される。魚であるが1尾、鳥は1羽、牛や豚は1頭といった単位である。では人間はどうか?それは名である。つまり人間の象徴は名であるといえる。だからこそ名に恥じない生き方をしなければならない。「死んで名を残す」「死んでも名は残る」である。

少し話は逸れたが松陰先生の逸話から凄いと思うところを幾つか紹介したい。

近現代史において幕末は激しく時代が動いた動乱期であり、これほどドラマティックな時代はないと思う。

簡単ではあるが時代背景を説明したい。当時は徳川幕府が統治しており海外では多くの有色人種の国が植民地支配されていた。我が国も例外ではなく、異国の脅威に晒されていた。黒船のペリー来航から開国を迫られ幕府は慌て諸藩から様々な意見が寄せられ国は分断の危機にあった。不思議なものでこのような危機の時代、変革の時代には異才を放つ多くの人物が現れる。もしかしたら人間の集団的無意識に関係するのかもしれない。社会心理学を学べばヒントが得られるかもしれない。勉強しようと思う。

吉田松陰先生も異才を放つ偉人の一人であった。とにかく枠からはみ出たぶっ飛び方が凄い!

先ずペリーが来た時に興味関心が抑えきれず黒船に船を漕いで乗り込みアメリカに連れて行ってくれ!とお願いし、断られ泣く泣く戻ってきて投獄されてしまう。そして安政の大獄で再び捕らえられ長州(今の山口県)から江戸に全身縄をかけられた状態で運ばれる。道中24時間ずっとしゃべっていたそうですから驚きだ。そしてその話を聞かされた当時の警察、看守、護衛の者も松陰先生の話に感銘を受け、なかには泣く人も多かったようである。驚くのはこのバイタリティ、情熱、行動力だ。松陰先生は教育者ですから想像するにこの情熱で教育されていた門下生への影響力は凄まじかったと思う。

影響を受けた著名な門下生には久坂玄瑞、高杉晋作、伊藤俊輔(後の伊藤博文)、山県有朋、岩崎弥太郎(三菱の創始者)がいる。

ご存じの方も多いとは思うが、近代国家を作り上げた要人であり、この偉人達が活躍できたのは吉田松陰先生にお陰であろう。

このバイタリティ、情熱、行動力はどこからくるのか?医療者らしく生理学的に考えてみるとテストステロン(男性ホルモン・行動力の源)の値が高かったのではないかと想像する。行動から考えるとADHDの疑いのある人物だったのかもしれない。今では障害に区分されているが、時代背景によって障害ではなく重宝される必要な障害、個性であったのかもしれない。

年齢を重ねていつしかバイタリティ、情熱、行動力が失われていないだろうか?なんでも歳のせいにしていないだろうか?

自問自答しながら頑張ろうと思う今日この頃である。

 

今年は戦後80年です。余り知られていませんが石原莞爾をご紹介する予定です。

ご一読して頂ければ幸いです。

 

※安政の大獄 1858年から1859年にかけて、江戸幕府の大老・井伊直弼が、幕府の政策に反対する勢力を弾圧した事件です。

残念なことに29歳の若さで処刑され亡くなりました。

辞世の句として「身はたとひ 武蔵の野辺に朽ちぬとも 留め置かまし 大和魂」

意味は「この身はたとえ武蔵野の地に朽ち果てようとも、私の大和魂は、国を守るためにこの世にとどまり続けていたいものだ」

2025年9月28日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : atlas

管理者の呟き 1

早いもので今日から9月の始まりである。

年々時が過ぎるのを早く感じるようになった。子どもの頃は大人が年を取るのが早いと言っていたことに対する意味がよく分からなかったが、今になって漸く分かってきた。

老化といった表現は好きになれない。化学的には劣化である。細胞の劣化が時間を早く感じるようにさせているのだろうと思いつつ起床して出勤の準備をする。

外に出ると朝と言うのになんという暑さだろうか。

エアコンの効いた室内から外に出ると灼熱の暑さといった現実に直面する。クラクラする程の暑さだが、仕事を休む訳にはいかない。自分を奮い立たせトボトボと車に向かう。

ほんの数分だが、駐車場に着く頃にはじっとり汗をかいているのが分かる。余り心地の良い汗ではない。いざ乗車するとモァとした車内の空気、先ずここで本日の洗礼を浴びる。早速エアコンをつけるが余り効果なし。走行しないとエアコンの効きが悪いのが軽自動車の欠点である。テンションが下がったまま走行していると屋外で作業している方々を見かける。暑さに負けずに機敏に動かれている。暫し自分の甘さを恥じてしまう。

 それにしても今年の暑さは別格である。暑さのピークは超えたといえ外気温35°C超えは当たり前となっている。訪問業務の環境はシビアである。

 道中利用者さんやスタッフの皆さんは大丈夫だろうかと思いながら目的地に到着、臨床業務をスタートする。

人間は個体差が大きい、余り無理をしないようにと願う。

 不思議なもので臨床をしていると徐々に気分が上がってくる。先程までのネガティブな気分が嘘のようである。たいへんな事も多くある仕事だが、つくづく利用者さんに救われていると感じてしまう。感謝である。

夕方仕事が終わりを迎える頃になると疲れからか、再び気分が下がり始める。自然界は弱肉強食の世界である。弱っているのが分かると捕食者の餌食、自然淘汰されてしまう。厳しい世界だ!人間界は恵まれている。では弱った動物達は何をするかというと、弱っていないふりをして対処しているらしい。これが生命保持の原理原則だろう。人間も同じではなかろうか?

自然界に生息する動物達の逞しさを真似すれば元気になるはずと思い、元気を演じていると本当に元気になる。原理原則、時にやせ我慢をしてやり過ごすのも一つの対処であるとつくづく実感する。

では他の対処はないかと幾つか探ってみる。

一旦現実世界から目を逸らし、過去の偉人達に身を向けてみると生き様がぶっ飛んでおり、面白く驚愕してしまう。すると小さな自分に笑ってしまい何故か元気になる。

やはりスケールの大きなものはメンタルに良い。

積極的に触れていこうと思う。

我ながらなかなか良い対処である。

 

そこで次回は吉田松陰の生き様を考察してみたので偉人シリーズとしてご紹介したい。

きっと元気になれるはずである。

 

(一社)メンタルヘルスサポート九州

代表理事

訪問看護ステーション アトラス福岡

管理者 池田耕治

2025年9月1日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : atlas