日中こそ未だ日差しの強い日があるが朝夕は涼しくなった。何だか季節の変化が早く原稿を書いている間にいつの間にか秋になってしまった。
夜は虫の音が聞こえる。先日久し振りに天を仰ぐと綺麗な満月がポッカリと浮かんでおり、秋という季節を実感した。中秋の名月だ。風情がある。
さて前回料亭の主人と吉田松陰先生についてのやり取りをご紹介させて頂いたが、一つ大切なことを書くを忘れていた。本題に入る前に少しご紹介したい。
「もし松陰先生が今生きていたらどう思うか?」
店主に聞きてみた。
店主は「そうですね~。取りあえず怒るでしょうね」
「でも先生は教育者ですから皆を集めてディスカッションするでしょうね」と笑いながら答えてくださった。
流石である。時代、職を問わず一流は一流を知ることができるのだろう。素晴らしい。何事も頑張って極めると違った世界が見えるのかもしれない。
時間は前にしか進まない。今日より明日。過去に囚われず今を一生懸命に生き、理想とする未来を作り上げたいものだ。
さて今年(2025年)は戦後80年、節目の年である。
多くのメディアは主に「どうすれば戦争がおきなかったのか?」といった戦争の反省ばかりを報道する。
しかし、なぜ違った角度からみて評価しないのだろうか?どうも違和感がある。
勿論反省はとても大切だが同時に「どうすれば戦争に負けなかったのか?」も考える必要があるのではないかと思っている。一定の方向ばかりでものを見るのは危険だ。違った角度からみると三角と思っていたものが四角に見える場合もある。物事は多角的にみることが必要だ。人も同じである。立場や関係性が違うと対象となる人は全く別人となる。臨床でもそうだ。
関係性によって違ってくる。素の姿でお付き合いしてもらえるには関係性次第だ。その後に職業専門性がついてくると思っている。
時代の変化は目まぐるしい。この原稿を書いているうちに高市内閣が誕生した。ここ数年政治が左に大きく旋回していたが今度は右旋回である。普通に考えると真っ直ぐになる筈である。さて世相や社会の雰囲気がどのように変わるのか見ものである。
トランプのように「常識を取り戻す」といったイデオロギー改革の雰囲気を感じる。
多様性も見直すのか?
自然界の多様性は美しいが人間界の多様性は醜悪に映るのは気のせいだろうか?
何でもバランスが大切であると考えている。
バランスを欠くと衰退し何れ滅んでいくだろう。
調和のとれた美しい世界であって欲しい。
政治的には「左に改革をすることを改革する」ことが含まれているように思う。
全員が100%良しにはならない。それは世の常、不可能である。協力し調和する努力、姿勢が最も大切だろうと思っている。
米国のように左寄りの思想、右寄りの思想がはっきりと別れ国が分断されないことを願う。
前文が長くなり話しが逸れてしまった。
今年は戦後80年。しかし未だ戦後レジームから脱却されていないように思う。次回は「石原莞爾」を紹介し、違った角度から第二次世界大戦を考えてみたい。